2011年9月9日金曜日

「県政と規制改革」勉強会(講師:原 英史氏) 神奈川県庁舎会議室 2011年8月25日



今日は県政と規制緩和ないし規制改革という事でお話をさせていただきます。経済産業省という役所で20年くらい役人をやっていて2年くらい前にやめまして政策コンサルティングの会社、政策工房という政策作りのお手伝いをする、ということで政党であったり個人の政治家さんだったり国地方とわず政党とわずということでやっておりますけれども、民間の企業とか民間の団体の公共の政策についてのお手伝いをするそんな仕事です。




今日の最初のお話でお配りした県政と規制改革、表と裏になっている紙
一番最初の所で霞ヶ関の政策独占という表題の紙があります。 ー中略ー 最初の1ページ目のお話をします。政策をつくる、私は政策を作るお仕事のお手伝いをやっていると申し上げましたが、これまでの体制というのは政策作りの領域で霞ヶ関がいわば独占企業、この分野を独占してたと思うんですね。いろんな産業分野ですと独占禁止法というのがあって独占企業はいけません。なぜならば独占企業がでてくると価格をいくらでも高くつけてしまえる。好き勝手ができてしまうので競争のできる環境を作らなくてはいけません。ところがいろんな産業分野についてはそうなってくるにもかかわらず、おおもとの所にある政策をつくる料金というところではまさにこの独占状態、霞ヶ関一点が国の中央官庁の位置している。国の中央官庁が政策作りという分野を独占している。もう少しブレイクダウンしてゆくと②、③と三つあげていますけれども、三つぐらいの局面があって一つは霞ヶ関による政治の支配、いわゆる完了主導といわれるものがあります。よく言われる話なのでだいたいおききになったことがあると思いますけれども、霞ヶ関のいろんな役所、たとえば私がいた経済産業省だったり厚生労働省だったり国土交通省であったり外務省であったりまあいろんな役所がありまして、それぞれの省庁のトップというのが大臣、政治家なわけですね、政治家の大臣がいてその政府の隣には国会があって国会には政治家がたくさんいる、そんな統治機構になっている。実際にだれが政策を作っているのかというと中心になっているのは霞ヶ関の役所にいる大臣とか政治家の人たちではなくって下のほうにいる官僚達が政策を作っているとよく言われるわけです。言われるというか実際にそうなんですけれども、たとえば「法律をつくる」っていうことを考えたときに憲法には立法府は国会だって書いてある訳ですね、唯一の立法機関が国会だって書いてある訳ですが、実際には政策の分野をずっと見てきた立場からすれば法律を作っているって役人なんですね。法案をつくるプロセスこれは法案の場合国会でも最終的には成立しますけれどもだれが法案を作って提出するかというと二通りあって、政府が法案を作って提出する「政府提出法案」っていうのと国会議員達がみずから作って提出する「議院立法」があります。実際上ほとんどが政府提出法案で提出される数自体政府提出法案がおおいんですけれども成立する物になるとほとんどが政府提出法案ということになっています。政府提出法案って言うのはどういうプロセスになるかというと、閣議決定をして政府が国会に提出する事になっています。テレビなんかによく出てきますけれども、総理大臣以下大臣達がみんなで集まって大臣達が会議をやる、まあ日本国政府の取締役会みたいなものですね。総理大臣以下大臣達が、まあだいだい週に二回なんですがそこでいろいろな物事を決める訳です。その閣議の場で法案というのを閣議決定して国会にだしてるんですが実際は閣議で政策について議論されているかというと全然そんなことはなくって閣議だと実際はサインするだけ。実際に政策を作っているのは誰かというと結局下にいる官僚達、役人達が政策の中身を検討してこういった分野で新しい政策が必要だなと思うと法案という格好で作って、条文を書いて最終的に閣議という場で大臣達にお墨付きをもらって、サインだけをもらって国会に出して行く訳なんです。国会でそのあと審議をするんですが審議って言うのはこれまたよくいわれるんですけれども役所の人たちがいろんな意味でシナリオを作ってるんですね。国会中継なんてテレビとかで時々やってますけれどもだいたい総理とか大臣とかが紙をもって答弁してる、話してることが多いんです。あの紙はなにかというと役所の人たちが答弁資料というのをつくってそれを読んでるんですけれども、役人言葉みたいなのでペラペラペラペラしゃべってるのが多いなということが多いかと思いますがだいたい役所の人たちが作った作文を読んでるからああなっちゃう。自分の言葉で議論をしていない政治家同士の議論をしていないというのが実際の国会審議での現状になっています。そんなことで政策作りっていうのは役所の人たち、役人達が政策の原案をつくり国会審議のプロセスでも役所の人たちがシナリオをかいて結局法律まで作って行く、政策をいろんな意味でコントロールして行く、まあいわば官僚が政治家を手のひらの上で転がして政策を作って行くそのような体制になってしまっているというのがこの官僚指導。長くなりましたが①のところがそんなふうです。

次、霞ヶ関による民間支配
これが日本っていろんな規制でガチガチに決まっているなんていわれてたりします。さっき紹介いただいた「規制を変えれば電気も足りる」日本のバカ規制総覧って言う本なんですけれどもようするにこんなつまらないことまで規制で決めているのか?っということを書き並べた本です。まさに、日本の場合っていろんなことを、経済分野であったり社会分野であったりいろんなことを官僚が統制してきたわけです。市場経済といいながらどちらかというと社会主義経済に近いような統制型のような体制になってしまっている分野もままあります。なんてことがあったりします。いろんな規制がガチガチになっている官僚統制型というのが二つ目。

三つ目に霞ヶ関の地方支配というのがあってこれはよく言われる言葉で言えば中央集権、ということであり国と地方自治体の関係で言ったときに中央でいろんなことを決めてしまって本来だったらこんなことは地方に任せて地方に決めてもらえばいいでしょうと言うような事まですべて中央で決めてしまう。そんなかで中央集権っていうのがある。こういう問題はずっと昔から言われていて官僚主導をなんとかしなくてはいけませんね、官僚統制型をなんとかしなければならない、中央集権をなんとかしなければいけない、ずっと言われてきている訳です。その下に書きました「脱官僚、生活重視、地域主権」これはみんなの党でアジェンダを作られたときにもこういう柱にされていたと思いますし、おんなじようなことで民主党もマニュフェストで掲げて2009年の政権交代前のマニュフェストには同じような事を言っていたんですね。政権交代したらやりますと言ってたんですが実際にはなかなか進んでいないわけであります。

まず、脱官僚、だいぶ皆さん忘れてきちゃってるかと思いますが民主党って政権交代前の看板政策って、政権交代したらこれをやりますって言うのはまさに脱官僚なんですね。脱官僚とか天下り根絶とか言ってたんですが実際いまやみんな忘れちゃったぐらいにもう何にも進まずに、逆に政治主導なんて危なっかしくてしょうがないじゃないか、みたいな事になっちゃってる。いう状態になっちゃってるわけです。なんでそうなったのかって言うと、結局スタートの時点で失敗。司令塔作りが先送りで幹部人事刷新先送りって二ついれているんですけれどもいろいろと問題が会ったんですが特にここさえやっておけばっていう二つをやりそこなったっていうのがすごく大きかった。一つが司令塔つくりっていうところで官僚主導でって最初に申し上げたみたいな、役所の人たちが政策を全部作ってくれてそれに従って政治家やってればいいんだって体質をやめて政治主導で政策を作って行くんだ、ということを本当にやろうとするんであれば司令塔をいかにちゃんとつくるか、いかに政治主導で政策を作って行く体制をつくるかが大事だった訳です。その意味で国家戦略局を民主党が政権交代前につくってそれを司令塔にして政治主導の政策を推進して行くんだとということを言ってたんですが結局これをちゃんと作らなかったんですね。いまだにこのマニュフェストに書いてあった国家戦略局っていうのが出来ていなくってとりあえず国家戦略室って形でこじんまりと借り設置、まあプレハブ作りみたいな感じで作った訳ですけれども、それが本格稼働していないまま政権交代以降みんながスルーするというところが一つの失敗な訳ですね。もう一つの問題は幹部人事の刷新って書いてありますけれどもこれはなにを言っているかと言いますとこれは政権交代前に民主党の人たちが言っていたのは政権交代をしたら事務次官とか局長とか、役所の組織というのは大臣がいて副大臣がいて政務官がいてそこまでが政治家、その下が官僚とか役所の役人の人たち、っでそのトップが事務次官、その下が局長なんですね、日本の中央官庁の場合。っでその上の二段階である事務次官と局長に付いては辞表を出してもらいます。ということは民主党の人たちは言ってた。っでこれってある意味当たり前の話でたとえば民間企業で経営がものすごく悪くなっちゃって経営陣を入れ替えますと、事業再生のために新しい経営陣をそとから迎えいれますと、いうようなことをやりときに新しい経営陣がやって来てその下のひとたちの人事をそのまま維持しますとうのは通常ありえないですね。新しい経営陣がやって来たらその経営陣の元で新しいチームをつくって一緒に事業再生やってけるようなひとたち、それを選び出す。新しい経営陣がやって来た時の一番最初のお仕事というのは下の人たち、部長さんクラスとか取締より下のクラスの人たちでこの人は一緒にやれるこの人はどうか?というのをきっちり見極めてダメな人には申し訳ないけどはずれてもらうと、っで、やれるなという人には若手であっても思い切って抜擢をしてかなり下のクラスから部長をだすとか執行役員をだすとかそういう所を取り立てるというようなことをやる訳です。そうやって事業再生をやれるようなチームを作って行く、というのが通常のパターンなわけですが、民主党の政権交代をした直後というのはまさにその状態にあって新しい経営陣が乗り込んだ状態だったんです。したがって取締役にあたるのが大臣とか副大臣だとすればその下にいる事務次官とか局長クラスの人たちを入れ替えてチームを作って自分たちのチームで政策を、新しい政策を推進して行くようにする。これってある意味当たり前の事なんです。やるのかなと思っていたら、じつはやめちゃったんです。マニュフェストをつくる直前くらいであきらめてしまって「いやっ、実はよくよく考えてみたら公務員というのは身分保障というものがあってむやみにクビにしたり降格したりということが出来ないという事がわかりました」っていって民主党の人たちはその時点であきらめて、幹部人事を入れ替える、事務次官とか局長とかいったん辞表を出させて自分たちと一緒にやれる人たちだけとはやるけれどもそれ以外の人たちには去ってもらって新しいチームをつくると、そういう事をあきらめちゃったんです。ということをやってしまったので何がおきたかというと、結局政治主導っていうことを振りかざしてやろうとしたんですけれどもその下に自分たちのチームが作れていない物だから政権交代の直後によくあったのが、政治家達が自分で電卓をたたいたりとか自分でパソコンをもって文書を作ったりとかですね、そういうことをやってもこれが政治主導なんだっていってテレビの報道でも流されたりしたんですがあれって全然間違っていてそんなことじゃ無いんですよね。政治家なり、組織のトップっていうことって。そうではなくって組織をいかに使って自分たちのやろうとする政策を実行してゆくかというところが大事なんですけれども、結局自分たちのチームがつくれていないのでそういう体制が出来ていなかった。その上幹部人事の刷新をやらなかった。ということが二つ目の大きな失敗だったと思います。これって結局法律上の制約があってって言いましたけれども公務員には身分保障があってなかなかそういうことが出来ないんです、っていうことが理由になってしまったんですが、やろうと思えば簡単に出来た事で、「幹部だけは身分保障は外しますよ」というのを法律を改正してしまえば良かったんですね。政権交代直後であればこれは民主党が衆議院参議院握っていて法律改正しようと思えば出来た訳ですから、それなりの改正をしてしまえば良かった。実は今、みんなの党と自民党は幹部の身分保障を緩和するという法案を国会に出している、これはまさに議院立法でだしているんですが逆に民主党がそれにのってこなくってその法案が成立していないっていう状態になってしまっている。

そんなことになって司令塔をつくらず、幹部の刷新をせずやる、そのための公務員の身分保障を緩和するということもやらずに先送りしてきた、いうことの結果また官僚ともうまく行かずにかつて野党時代の民主党が散々いっていた天下りの根絶なんて言う話もまともには全然進まずにうらで天下りをどんどんやってるっていう状態になっている。一個だけ例を申し上げれば、最近大問題になった東京電力についこないだまで新エネルギー庁の長官をやっていた人が11月に再就職をした。民主党の政権の人たちはこれは自力で本人が出向したんだ、天下りじゃないんです、ということを言っているんですがまあ普通に考えるとこれが天下りではなくてなんだろう、とうような再就職になっている。そういったように経産省と東京電力の間の天下りを通じた密接な関係、いうのがあった結果が不幸な事に3.11以降の原発についての監督が十分に出来ていなかったんではないか言うような問題に起因してしまったのではないか?という風にも言わざるを得ない。そんなことで脱官僚を民主党政権で、自民党政権は官僚べったりだけれども民主党政権になったら脱官僚でやりますよと言っていたにもかかわらずうまく行かなかった。もし次のチャンスが来たときに代表選でどなたがなるか知りませんがもし次のチャンスがあって脱官僚をやろうとしたら逆にスタート時の失敗はこの二つだけしっかりやればある程度の基本まで行けると思いますね。司令塔をしっかり作って官邸主導で総理大臣と大臣の元で政策プランをしっかりと作る。いうことが出来るようにし、幹部人事の刷新、少なくとも次官とか局長とかそういう幹部クラスについてチームをいれかえて自分たちのチームをつくれるようにする。と、この二つさえ出来るようにしておけば相当程度、へんな意味での政治主導ではなくて正しい意味で官僚機構を使いこなせるような政治主導が実現出来るのではないかと思っています。
つぎに、規制改革、霞ヶ関による民間支配って言う話をしましたけれどもこれももいう昔から言われていて昔の第二次臨調とかですねそういったころからの規制改革は散々何十年来いわれているわけです。ところがこの規制改革というのはなかなかすすんでこない。なんで進まないかというとここに書きましたけれども大事なルール設定っていうのが「省令」や「通達」でなされている。これはさっきご紹介いただいた私の規制をかえれば電気も足りるで書いたんですけれども、省令というのは役所、経済産業省とか厚生労働省とか役所が単独で決められるんですね、ですからだいたい役人達でルールを決めるのですが法律と政令と省令っていうのがあって政令とは閣議決定できまる、省令はある特定の省庁で単独で決まる。っでさらに通達っていうのは、法令ではなくって単なるお手紙みたいなものなんですが課長通達とか局長通達とかいろんな分野ででてくるんですけれども、まあ役所の課長さんクラスとか局長さんクラスとかの人たちがこの法令の解釈はこのようにしますよというようなことをお手紙で出してそれが実はすごく大事なルールを設定していたりする。通達行政と言った言葉がよくあってお聞きになった事あると思いますがそんなことで大事なルールは法律ではなく省令や通達できまっている。ほんとは規制というのは国民の権利や義務とかを定める、制約するルールってほんとは法律で決めるのが原則なんです。ところが実際は省令や通達でいろんなことが決まってしまっている。例として医薬品のインターネット販売をあげましたけれども、医薬品をインターネットで販売しては行けない、っていう規制がつくられて大問題になった。ヤフーとか楽天とかで反対の署名運動をやったなんて事件がありましたけれども、これってどこで決まっているのかっていうと法律ではないんですね。薬事法ではインターネットで薬品を販売しちゃ行けないなんてどこにもかいてなくって、したの薬事法第36条の5っていうのをみると一般用医薬品につき薬剤師とかそういう人に販売させなきゃいけないってかいてあるけどインターネット販売しちゃいけないなんてどこにも書いてない。ところが法律のもとでつくられている省令で約定の施行規則厚生労働省でつくられている厚生労働省省令でとつぜん対面で販売させなければいけない、対面でっていうことはようするにお店で向かい合ってでないといけないってことです。っで通信販売は禁止だということが決められている訳です。
このように法律では全然決まっていないようなすごく大事なルールが省令とか通達とかそういうレベルできめられている。ということなんです。その結果どうなっているかというと多くの人たちが規制って役人が決めるもんだって思っちゃってるんです。政治家のひとたちも含めてそうです、国会議員の人たちもそうです。いままでのいろんな規制改革の議論でこういう規制はおかしいからやめようではないか、言う話をして結論がどうなるかというと役人に「この規制おかしいから変えてくれ」っていうことを勧告をする、そういう話になります。規制改革のレイヤーって小泉内閣の頃だと「規制改革会議」がつくられてましたし、政権交代後の民主党政権では規制仕分を事業仕分けの延長線上でやったりしたのですけれども、この医薬品のインターネット販売の議題って規制仕分けの場で取り上げられたんですね、っで取り上げられてどういう結論になったかというとこのルールはちょっとおかしいから見直してください、検討すべきだってことを役人に対して言った。これはどういう事かというと結局規制は役人が作る物だと思っちゃってるんです。でも本当はそうではなくって、こんなことする役人が省令や通達できめちゃってることがオカシイでしょう?ということを本来は言うべきだった。法律で決めるというのはどういう事かというと国会議員が決める。こんな大事な部分を省令や通達で決めるんではなくって国会で決めますからと言えば良かった。たとえば薬事法という法律でインターネット販売を禁止するっていう規定を設けてはいけないと法律に書いてしまえばこんな省令はつくりようがないんです。まさにこういうことは国会で議論して決めれば良かった。っでそれは切にいわば国会議員が自分たちの仕事を放棄して役人達に考えてください、こういうルールは本当にいいのか検討してください、というようなことをやって来た結果、結局規制改革っていうのは昔から課題だ、課題だと言われながらなかなか進まずに来た、ということになってしまっている訳です。
それから三つ目の地方分権、霞ヶ関の地方支配ってやつですけれども、地方分権、地域主権、これも昔からずーっと言われています。これも全然進まないのは役所から役所への分権ってことになっています。霞ヶ関から県庁、市役所に権限を委譲する、分権するという議論になっているんですが、ここで問題は霞ヶ関っていうのは最初は政治を転がしながらいわば官僚指導で政策を作っていた、非常に強大な権限をもっているわけですがこういった地方分権の局面で役所から役所に分権をしますと言ったときに、移譲されている権限っていうのは実際上霞ヶ関がもっている強大な権限と言う部分ではなくって形式上の権限、法律に基づいて事務を執行する権限、本来はそういう権限なんですね、そこの部分だけが分権されているわけです。これでは地方分権が進まないのも無理が無い。地方分権を本当に進めて行くにはどうしたら良いかというと、ルール設定の部分を分権して行くということをやるしかない。国会で決めているような事を県議会や市議会で決めるようにして行く。法律で本来こんな事は地方に任せたらよいだろうというようなことをいろいろと(国会が)決めてしまっています。そういうことを法律を廃止して県議会や市議会で条例を制定する、いうことにして行こうというのが本当の意味での地方分権や地域主権です。これをやろうとするときにいつも引っかかるのが「本当にそんなことを言って国会で議論もせずに廃止をしてしまって県議会、市議会でやってくださいって言って本当にそんな条例ができるんでしょうか?」ということが言われてなかなか進まないということになっています。ということで地方議会の役割というのが地方分権、地域主権をすすめて行く上ですごく大事。

2番目に
地方議会を機転とした規制改革、いわば地方発の規制改革に移りたいと思います。
みなさんも脱官僚、規制改革、地域主権という課題があってなかなか進んできませんでした。民主党政権になってこういう事をマニュフェストに書く事により政権交代をし、ちょっとは進むのかなあと思ったら全然進みそうにないと言う状態になってしまっているんですが、もし国から進めないんであれば、国側で脱官僚、規制改革、地域主権を進められないのであれば、中央ではなく地方の場からやってゆくと言うお話をしたいと思います。
この地方議会を起点に規制改革を進めるっていうのは脱官僚、規制改革、地域主権というのをいっぺんに解決してしまう可能性を秘めたテーマではないかと思っています。まず、地方議会の権限なんて申しあげるまでもないですが地方議会の権限というのは地方自治法の96条に書いてあって第一号で条例を設けまたは改廃すること、第二号で予算を定める事、第三号からだーっとあるんですが第一に掲げられている権限っていうのは条例をつくること。ところがこれまでの地方議会を見たときに、、、失礼であればお許しいただければと思いますが、条例を作るのが地方議会の第一の役割だということが必ずしも十分認識されていない。一般の地方議会を見ていてそうだと思いますが①の議員提案条例はごくわずかで県であれば県庁、市であれば市役所が、行政部局の側が提出をして提案をして成立させると、いうのが当たり前のようになってしまっているわけです。国のレヴェルで議員立法ってほとんどなくて政府提出ばっかりだったりしますが地方もおんなじような状態になってしまっている。っていうのが一点目。もうひとつ、定められる条例の内容、中身の問題であります。条例の内容って多くの場合この三つに集約されていると思いますが、一つは法律で「この部分は条例で定めてください」と規定されている技術的事項などを定める条例、これが条例で決めているケースです。あるものは省令で決めてください、あるものは条例で決めてください、となっていますがいわば省令と同じ扱いで、催促、技術的な事項を決める、みたいな扱いにされている。それに基づいて技術的なことをきめるている条例。
二つ目によく見られるのは抽象的、理念的、宣言的条例、基本条例なんてよく作っているケースがありますが中小企業憲章みたいな理念的条例があります。それから上乗せ・横だし規制、国で作っている法律を前提にしてそれにちょっと上乗せをするとか横出しをするとかまあ加えて言えば嫌煙条例みたいな法律ではカバーしていない領域を条例をつくるとはあったりするとおもいます。逆に言うと法律で決めている規制、国の規制に挑戦をするようなのはなかなか出てこない訳です。(2)のところで「地方議会を起点とした規制改革」の可能性って書いていますがどういった事をご提案したいかと言いますと国の規制に挑戦をする、地方発で地方から新たな枠組み、この分野についてはこういう枠組みの規制をつくったらいいんではないか?いうようなことを提案するような条例を議員の提案で提出して国を巻き込むような議論を提出して地方発の地方からの規制改革っていうのを実現して行けないかなあというわけであります。
これは国でなかなか規制改革がすすまない分野について地方で独自に新しいルールをつくって改革をするということですしさらに、議員提案でっていうことで議会が主導、政治家が主導して役所を引っ張ります。政治家主導で新しいルールを作って行くということでありさらに国と地方との関係であれば国が中央集権的にルールを作るんではなくて地方が新しいルールを作って提示をして国を引っ掻き回して行く。っで逆に先進的なルールを地方で作ってしまって部分ルールを地方で作ったんだから国でもこういう事をやったらいいんじゃないかというのが逆に国を引っ張りまわすような規制改革の議論ができていいんではないかなあと思ったりします。
(ありうる手法)って書いてありますけれどもどういう風に条例をつくるのかって考えたときにハードルの高い順番にあげてると思っていただければいいんですが
①法律をオーバーライドする条例っていうのを作る。これは憲法上の法律違反の条例は認められない訳ですけれども「本来こんな分野は法律で決める必要は無く地方に任せればいいじゃないか」っていうような規定がいろんな法律の中にたくさんある訳です。そういう物についてこの分野の法律を廃止してほしい、法律を廃止したら代わりにうちの自治体ではこういう条例で自分たちで作って施行するから、と言うようなことを提示してしまう、いうような意味であえて法律をオーバーライドするようなものを提示をしてみる。というようなことがあり得る。というのが一つ。それから二つ目は法律の下のレヴェルの政令とか省令とかがあります。政令は閣議決定、省令は各役所でつくる、そういった催促レヴェルの下位規範でもいろんなことがこまごまと決められている訳ですが政令とか省令をオーバーライドするような条例、っていうのが二つ目のやり方としてある。たとえば省令であれば厚生労働省令だったら厚生労働大臣の決済で出来る訳で、まあ実際は細かい事を役人が決めて作ってる訳ですね。そういった役人が決めた省令と議会の定めた条例があってこの両者が抵触したときどっちが優先すべきなの?どっちを適用すべきなのか?というのをあえて国まで巻き込んで議論してみる、っていうようなことを地方議会発でやってみれたりするとこれは凄く価値のある議論になるのではないかなあと思ったりする訳であります。
後で話をしますが、いまちょっと話題になり始めている大阪で公務員制度や教育制度についてのあれは多分議員立法って事だと思いますが大阪維新の会でつくるなんて議論されている、これってもうまさにこういう議論になってゆくのだろうと思います。これまでいろんな制度を役人が決めてきた、公務員制度だったり教育制度だったり地方議会で決めた条例とでどっちが適用されるべきか、どちらが民意を反映していて優先されるべきルールなのか、ということがおそらくこれから議論になって行くのではないかと思います。こういった議論がいろんなところでそういう議論ができる地方議会がなされてゆけばいんじゃないかなと思います。
それから三点目に法律をオーバーライドするとか政省令をオーバーライドするとかこれはなかなかハードルが高いんですがちょっとやりやすい話としては通達とか運用、法令で決まっている訳ではないんだけれども通達とか運用でこまごまとした規制があったりガチガチになっている分野があったりするのを法令でオーバーライドしてしまうという手があります。これはよりハードルを低く出来る話です。ちょっと抽象的なことばっかりいってると分りにくいと思いますので⑶のところで具体例として「地方公務員制度の改革」を例にいくつか書いております。
⑶「地方公務員制度の改革」いわゆる役所や県庁にいるような公務員の人たちとか公立の小中高等学校の教職員という人たちを含めてですが公務員制度の体系がどうなっているかというと国で地方公務員法とか地方教育行政組織法というような法律の元で「条例で定める」とされた事項について、さきほどの技術的な事項を条例で定めている場合も多いですし例えば公務員制度の条例だとどこの自治体でもかならずあるのが給与の額を決める条例があります、再任用に関しての条例、これは地方公務員法で基本的なルールは書いてあるんですが対象にする職員の範囲とかこまかいところを条例で決めてくださいと書いてあって技術的な細則の部分を決める条例はどこの自治体でもつくっています。そういった条例の規定がある。そっから先は人事委員会や教育委員会、これは聖域みたいな扱いになっていて政治家が口をだせない領域になっています。地方の教育制度はそういう扱いになっています。
地方公務員制度の抱える問題としていくつか例示としてあげてみます。